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東京高等裁判所 昭和22年(れ)1501号 判決 1947年11月15日

上告人 被告人 村本喜三

辯護人 織田嘉七

檢察官 下秀雄關與

主文

本件上告は之を棄却する。

理由

辯護人織田嘉七の上告論旨は末尾添付の上告趣意書記載の通りであつてこれに對して當裁判所は次の如く判斷する。

第三點食糧管理法(以下法と稱す)食糧管理法施行令(以下令と稱す)及び食糧管理法施行規則(以下規則と稱す)を通覽するときは法第九條に基く一連の法規は管理米麥の供出の完遂を期すると共にその餘の米麥をもできるだけいわゆる正規の「ルート」に置かんとすることを目的としていることを看取することが出來る。即ち規則第四條は米麥の生産者又は地主が管理米麥以外の米麥を賣渡さんとするときはこれを政府に賣渡すべき旨を定め同第八條は米麥の生産者又は地主から米麥を收受した者(賣買以外の方法で米麥を取得した者も包含)がこれを賣渡さんとするときは同條所定の場合を除いて地方食糧營團又は地方長官の指定する者に賣渡し又は販賣の委託をしなければならないことを定めているが前者は米麥等の生産者に對する米麥等の自由販賣の制限であり後者は生産者等よりこれを收受した者に對する制限であるがこれは所論の如く配給以外に生産者等から米麥等を多量に收受する者があるからである。右兩規定は何れも管理米麥以外の米麥を賣渡さんとする場合はすべてこれを所定の者の手に收めんとすることを期するのであるが右第八條に所謂米麥は所論にいわゆる餘剩米のみならず節約米をも包含するものと解するのが相當である。蓋し斯く解しなければ正規の「ルート」に乘らない米麥等の横流しの横行を許すことになるからである。所論節約米でも農業會等が一旦生産者等から收受した以上はすべてこれを正規の「ルート」に乘すべきであるとするのが右第八條の法意であると解する。なお昭和二十年十一月三十日新に追加せられた規則第二十二條の二は米麥の生産者又は地主は管理米麥を法定の者に賣渡した後でなければその生産し又は小作料として受けた米麥を原則として讓渡するを得ない旨を定めているが、これは生産者等が管理米麥の範圍外なりと信じ供出前その生産した米麥を政府以外の者に讓渡し管理米麥の範圍を侵すが如き場合あるを虞れ管理米麥供出の完璧を期せんがために設けられたものであるが右規定は供出後は米麥を何人に賣渡しても自由であることまで認めたものとも解せられない。假りに供出後は自由販賣を許したものと假定してもこれは生産者等に關することで生産者等からこれを收受した農業會等に關することではない。又原判決に事實の誤認のないことは既に説明の通りである。論旨は理由がない。

第五點(一)規則第八條は所論のように所論賣渡の自由を有する場合は勿論特定の者に賣渡すべき委託のあつた場合もこれを所定の者以外の者に賣渡したときは同條違反となることは前示第三點において説示した右規則の趣旨よりして自ら明白であつて論旨は理由がない。

(二)規則第八條は令第十條に基いて米麥の生産者又は地主よりこれを收受した者に對し、その米麥の賣渡等に關する相手方を制限しているものであるが令第十條は前條すなわち令第九條の規定によつて賣渡等をなす場合を除いていることは所論の通りである。しかし右令第九條は農業會等が米麥の賣渡等をなすすべての場合に關する規定ではなく正規の手續によつて米麥の生産者又は地主から買受け又は販賣の委託を受けた管理米麥等の賣渡等に關する規定であることは同條とこれに基く規則第五條第六條と對照するときは自らこれを了解することができる。令第十條は農業會等が管理米麥以外の米麥を所有する場合には之に對し其の讓渡の相手方を制限することができる趣旨と解すべきである。從つて同條に基く規則第八條はたとえ農業會等であつても右同第九條の規定する以外の經路により收受した米麥を賣渡さんとする場合にも適用あるものといわねばならぬ。かく解してこそ管理米麥以外の米麥をも可及的正規の機關の手に收めんとする法規の趣旨に副うものというべきである。論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 吉田常次郎 判事 小泉英一 判事 今谷健一 判事 深井正男 判事 大野美稻)

被告人村本喜三辯護士織田嘉七上告趣意書

第三點本件ノ事實ハ大體ニ於テ原判示事實ト一致ス、唯異ナルトコロハ論旨第一點第二點ニ於テ説明シタル如ク農業會ニ於テ農事實行組合長會議ヲ開キタル際各農家ノ自家消費米ヲ節約シテ醵出スルコトヲ申合ハセタルコト又被告村本が立替ヘタル米ハ之又村本方ノ自家消費米ヲ以テ爲シタルコト、農業會ニ賣買ノ委託ヲ爲スニ當リ所有權移轉ノ權限ヲ授與シタルコト勿論ナルモ所有權ヲ移轉シタルモノニ非ザルコトニ存ス。

食糧管理法ハ昭和十七年二月二十一日公布セラレタルモノナルガ同法ハ其ノ後二度同施行令ハ十度、同法施行規則ハ十三度食糧管理令施行ニ關スル件ト題スル農林省告示ハ七度以上ノ改正アリ、殊ニ同法施行規則ハ實ニ難解ノ條文多ク、法律家ト雖モ容易ニ其ノ法意ヲ知ルコトヲ得ザルモノトス、然レドモ本件ニ關係アル條文ニ付説明セム、食糧管理法施行規則ハ其ノ第二十二條ノ二ニ於テ米麥ノ生産者又ハ地主ハ第一條第一項ノ規定ニ依リ定メラレ、又ハ同條第四項ニ依リ改正セラレタル數量ニ該當スル米麥ヲ食糧管理法第三條第一項又ハ令第七條ノ規定ニ基キ賣渡シタル後ニ非ザレバ、其ノ生産シ又ハ小作料トシテ受ケタル米麥ヲ讓渡スルコトヲ得ズ、但シ農林大臣ノ指定シタル場合又ハ特別ノ事情ニ依リ地方長官ノ許可ヲ受ケタル場合ハ此ノ限リニ在ラズト規定ス、此ノ規定ハ昭和二十年十一月三十日新ニ設ケラレタルモノナルガ同年ハ非常ニ不作ナリシ爲メ此ノ如キ規定ヲ設ケザルニ於テハ自家用消費米ノ範圍内ナリト思惟シテ他人ニ讓渡(普通ハ論旨第一點ニ於テ説明シタル如ク節約シテ其ノ分ヲ讓渡シ、以テ農家ノ會計ヲ立ツルモノトス)シ知ラズ知ラズ、ツイ政府ヘノ供出米ニ喰込ム虞アリト考ヘタルガ爲メナリ。

即チ此ノ規定ニ依レバ甲管理米乙管理米ノ供出後ニ非ザレバ自家用消費米ト雖モ之ヲ讓渡スルコトヲ得ザルト同時ニ供出後ナラバ讓渡シテ差支ナキ趣旨ナリ、米麥自家用消費米ハ之ヲ他人ニ讓渡シ得ル餘地アルモノニ非ズ、之ヲ本則トス、然レドモ農家ハ米麥甘藷馬鈴薯雜穀等ノ大部分ヲ政府所定ノ價格ニテ供出セザルベカラザルニ、農家所用ノ物品等ハ<公>ニテ入手スルヲ得ザルヲ以テ勢ヒ自家用消費米ヲ節約シテ食ヒ延バシ五月並秋ノ繁忙時ノ食糧ニ當テルト同時ニ僅カニテモ之ヲ高價ニ賣リ以テ家計ノ收支ヲ維持セムトスルモノナリ。

同施行規則ハ其ノ第四條ニ於テ米麥ノ生産者又ハ地主其ノ生産シ又ハ小作料トシテ受ケタル米麥ニシテ第二條ノ證印ノ表示ナキモノヲ賣渡サムトスルトキハ之ヲ政府ニ賣渡スベシト規定ス、此ノ規定ヲ設ケタル理由ハ食糧管理法ハ自家消費米以外ハ政府ニ賣渡スベキ建前ナルトコロ、生産者又ハ地主ノ自家消費米ハ政府ノ供出ノ割當方法如何ニヨリ(例ヘバ反別割當方法ヲ採ルトキハ大自作農大地主ノ保留分ハ多クナル、之ニ反シ小自作農、小地主ノ保有米ハ自家消費ニモ不足スル)大自作農又ハ大地主ノ保有米ハ純然タル自家用消費米ヨリ多クナルコトモ有リ得ベク、從ツテ之等ノ餘剩米ヲ賣ラムトスル場合ハ政府ニ賣渡スベシト規定シタルモノニシテ此ノ規定ハ本件ノ如キ純然タル自家消費米ノ而モ節約分ヲ對象トシタルモノニ非ズ、若シ對象トシタルモノトセバ本條ノミヲ以テ足リ、第二十二條ノ二ヲ新ニ設ケル必要ナシ、又原判決ノ適用セル同施行規則第八條ハ買受若ハ販賣ノ受託ニ因リ又ハ小作料トシテ米麥ヲ受ケタル場合ヲ除クノ外米麥ノ生産者又ハ地主ヨリ米麥ヲ收受シタル者當該米麥ヲ賣渡サントスルトキハ地方食糧營團又ハ地方長官ノ指定スル以外ノ者ニ當該米麥ヲ賣渡シ又ハ販賣ノ委託ヲ爲スコトヲ得ズト規定セルガ此ノ規定ハ交換、贈與、現物辨濟等ニヨル收受米麥ヲ對象トスルモノニシテ同第四條ハ生産者又ハ地主ノ餘剩米ヲ對象トスルコトニ對比スルモノトス、即チ配給以外ニ交換、現物辨濟等ニヨリ多量ニ米麥ヲ收受スルモノナルコトヲ豫想シ之等ノ者ガ其ノ收受米麥ヲ賣渡サントスルトキハ(賣渡サントスルトキハトノ文言ヲ用ヒタルハ其ノ量少ナク配給米ノ補足トシテモ足ラズ、從ツテ賣リ得ザル者モアリ得ルガ爲メナリ)地方食糧營團又ハ地方長官ノ指定スル者ニ賣渡シ又ハ販賣ノ委託ヲ爲スベキモノト規定シ、依ツテ以テ正規ノ「ルート」ニ流サスコトヲ期待シタル規定ニシテ農家ノ純然タル自家消費米、殊ニ其ノ節約分ヲ對象トシタルモノニ非ザルナリ、本來農家ノ自家消費米ハ農家ニ於テ消費スル部分ナルガ故ニ同施行規則第二十二條ノ二ニ規定スル制限アルノミ(餘剩米ニ付テハ同施行規則第四條ノ制限アルコト勿論ナリ、議會ニ於テ供出完納後ハ自由賣ニセヨト云フ議論アルハ此ノ餘剩米ノコトヲ指スナリ、純然タル自家消費米ハ農家ノ食ヒ盡ス部分ナレバ、普通ノ方法ニテハ賣ル餘地ナシ、然レドモ農家ハ粥又ハ野草等ノ食用ニ適スルモノヲ用ヒテ之ヲ食ヒ延バスヲ普通トス)ニシテ他ニ制限ナシ、蓋シ制限スル餘地ナケレバナリ、本件ハ來年ノ米ノ増産ニ資スル爲石灰ヲ多少ニテモ多ク入手スル必要上自家消費米ヲ節約シテ醵出スルコトヲ申合セタルモノナルトコロ、橋本ヨリ米ノ送付方ヲ申出デタルトキハ恰モ收穫期ニシテ繁忙且ツ脱穀モ進捗シ居ラザリシ爲被告人村本ハ昭和二十年頃自家消費米ニ該當スル中ヨリ十五俵ヲ立替ヘテ差出シ農業會ハ之ヲ橋本ノ醒ケ井工場ニ送付シタルモノトス、即チ同法施行規則第二十二條ノ二ノ規定ガ新設セラルル以前ニ屬シ讓渡ヲ爲スコトヲ妨ゲザルガ故ニ農家ノ醵出ノ申合ハ勿論被告人村本ノ立替行爲モ總テ放任行爲ニ屬スルモノトス、又農業會ニ對シ橋本ニ賣ルベク委託スルコトモ從ツテ農業會ハ之ヲ橋本ニ賣渡シタル行爲モ總テ放任行爲ニシテ同施行規則第八條ニ該當セザルモノトス、要之原判決ハ全事實ノ真相ヲ捕捉セズ事實ノ中ヨリ同施行規則第八條ニ合スル様事實ヲ抽出シ、以テ有罪ト斷ジタルハ食糧管理法ニ關スル法令ノ精神ヲ正解セザル違法アリ、破毀ヲ免レズ。

第五點原判決ハ判示事實ヲ認定シ、法律適用ノ部ニ於テ食糧管理法第九條第三十一條同法施行令第十條同法施行規則第八條ニ問擬シタリ、然レドモ

(一)右施行規則第八條ハ買受若クハ販賣ノ受託ニ因リ、又ハ小作料トシテ米麥ヲ受ケタル場合ヲ除クノ外米麥ノ生産者又ハ地主ヨリ米麥ヲ收受シタル者當該米麥ヲ賣渡サントスルトキハ云々トアリテ賣ルヤ否ヲ自由ニ決定シ得ル米ニ關スルモノニシテ原判示ノ如キ橋本信市ニ賣渡スベク委託セラレタル米ニ適用スベキモノニ非ズ。

換言スレバ林村農業會トシテハ賣ル、賣ラヌノ自由ナキハ勿論橋本信市以外ノ者ニ賣渡ス自由ヲモ有セザルナリ、故ニ被告人村本ノ本件賣買行爲ヲ本條ノ違反ト爲スハ正當ニ非ズ。

(二)加之、右施行規則第八條所定ノ米麥ヲ收受シタル者ノ中ニハ農業會ヲ包含セズ、即チ農業會ハ同條違反ノ主體中ニ包含セズ、蓋シ同條ハ同法施行令第十條ノ規定ニ基クモノナルトコロ、其ノ第十條ハ農林大臣ハ食糧管理法第九條ノ規定ニ基キ第七條、前條若ハ第十條ノ五又ハ同法第三條第一項ノ規定ニヨリ賣渡シ又ハ販賣ノ委託ヲ爲スベキ場合ヲ除クノ外、米麥ヲ所有スル者ニ對シ云々ト規定シアリ同令第九條ハ農林大臣ハ食糧管理法第九條ノ規定ニ基キ市町村農業會、販賣組合、農業倉庫業者、道府縣農業會(東京都農業會ヲ含ム)、販賣組合、營團、其ノ他命令ヲ以テ定ムル者ニ對シ米麥ノ買受若ハ販賣ノ受託又ハ其ノ者ガ買受ケ若ハ販賣ノ委託ヲ受ケタル米麥ノ賣渡若ハ販賣ノ委託ニ關シ必要ナル命令ヲ爲スコトヲ得ト規定シアリテ、此ノ兩條ヲ對照考覈スルトキハ第九條ハ農業會等以外ノ米麥所有者ニ對スルモノナルコト疑ヲ容レザレバナリ、然リ而シ右第九條ノ規定ニ基キ施行規則第五條、第六條ノ如キ規定ヲ設ケタルモノナルモ本件ノ如キ各農家ガ自家消費米ノ中ヨリ節約醵出シテ賣先ヲ指定シテ販賣ノ委託ヲ爲スガ如キ場合ヲ豫想セザリシヲ以テ斯ル場合ニ處スベキ規定ヲ設ケザリシモノナリ。

然ラバ原判決ハ判示行爲ニ付食糧管理法施行規則第八條ヲ適用シタルハ失當ナリ、破毀スベキモノトス。(その他の上告論旨は省略する。)

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